鈴鹿サーキットは東西に長いサーキットである。天候も西コースと東コースでは違う。曇天ながらもしばらくの間、何とか雨が落ちてこなかった東コースだが、西コースでは降り続いていた。
そんな中、17:30。全車にライト・オンのサインが出た。
いつもなら、サーキットに夕日が反射し、疾走するマシンのライトとエキゾーストノ
ートの演出が美しい時間を迎えるときだ。世界中のレースを見回しても、夕方に走行し、ゴールするレースは、ここの鈴鹿8耐だけだ。しかし、残念ながら今年は、それもない。相変わらずの天候のなか、スリッキーな路面に疲労とストレスを加えて選手は戦っていた。
突然、モニターの映像が変わって見覚えのあるマシンが写し出された。と、同時にアナウンスがひびく。「778番、チームFCCのブラックバード、坂田選手転倒!!」。
スタッフの眼が、モニターの映像に釘ずけとなった。すかさず、メカニックがどんな
状態で戻ってきてもよいように、万全の用意をし、坂田選手の戻りを待つ。転倒した
立体交差下からだと、まだ、ピットまで距離はある。しかし、ゴールまでは、あと2
時間足らずだ。何とか修復し、ゴールまでたどり着こう、そんな思いで、坂田選手の
帰りを待っているようだった。
しばらくして、ピットにマシンは戻ってきた。前田選手の転倒時より、マシンの外見は痛みが大きく見える。
しかし、幸いに坂田選手には影響がほとんどないようだ。メカニックが一斉に作業に取りかかる。
1人のメカニックが、破損したカウルを持ってピット内に入ってきた。
さきほど(前田選手転倒時)のカウルと見比べて、戻って行った。
1度転倒して交換しているので、もうスペアはないのである。
しかし、鮮やかな修復作業を終えた
マシンが力強くエンジンを吹き返す。
坂田選手転倒から、10分弱。ピットにもどってきてからは、わずか5分程度ですべて
の作業を終えてしまっていた。おもむろに前田選手がブラックバードに歩み寄ってきた。
今度は前田選手のライディングだ。
セルスイッチをまわして、ゆっくり、ピットレーンを離れて行った。
前田選手のライディングにはある種の期待がもてた。一般に、夜間走行は慣れていないと、思うようなラップタイムが出ない。トップ集団でも、ある時間帯から極端にラップタイムが落ちたチームがあった。その点、前田選手は今度の鈴鹿8耐でもう6度目だ。加えて、一昨日の夜間に行われた練習走行では、全69台中29位のタイムをマークしていた。案の定、前田選手は着実に順位をあげて戻ってきた。
6時47分、ライダーを坂田選手に代わって、いよいよ、最後のライディングだ。あと、45分程命運を坂田選手に託して、無事に走り切ってしまえば、ゴール。ライダーチェンジする際、2人は笑顔だった。グローブをはずしながらピット内に戻ろうとする、前田選手にスタッフが握手を求める。彼の97年鈴鹿8耐のライディングが終了した。ゆっくりとピットの裏へ消えて行った。
モニターが、先頭2-4位争いを熱っぽくアナウンスする中、前田選手は今朝会ったときのポロシャツ短パン姿でピット裏からもどってきた。ほっとしたようなやさしい顔で冷蔵庫からドリンク剤をとりだし、口にしながら、スタッフとモニターを見上げ続けた。トップ争いを写し出す映像でなく、その横のラップごとの走行情報に778番のマシンが表示されるのを、1周ごと確認するように。そして、レース中は常に前を向いていた藤井チーム監督が、なにやらピット奥のほうに歩み寄ってきて、1人1人に呼びかけていた。レース中は後ろのほうで作業を邪魔しないようにと見守っていた関係者をピット前のほうに押し出すように。(全員で一緒にゴールしようというように)
19時30分、レースは15年振りの日本人ペアの優勝で幕が閉じた。
坂田選手もコントロールラインを通過した。その瞬間、全員が大きな拍手。みんな、
笑顔だ。
そして、坂田選手とブラックバードが元気な排気音とともに戻ってきた。全員で拍手で出迎えた。坂田選手も笑顔だ。
監督がインタビューに答える。「途中でどうしようかなって、やめちゃおうかなーっ
て、だけど、、、」
ぜひ、来年はドライコンディションでスーパーブラックバードが力強くメインスタン
ドをカッ飛んでいく姿を見たい。
祝勝会のドンチャン騒ぎの中、ピット内に戻ってきた「CBR1100XX スーパーブラックバード」を
いたわるようにメンテナンスする、数人のメカニックの姿が印象的だった。違った意
味での、チームワークの勝利だった。
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